【読書】エイモア・トールズ著『モスクワの伯爵』を読む

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 物語は主人公のアレクサンドル・イリイチ・ロストフ伯爵が人民裁判にかけられている場面から始まります。ロシア革命により帝政ロシアが瓦解し、レーニン・スターリンの治下、これまでロシアを支配していた王家や貴族たちが人民の敵になり弾圧の対象になっていました。理由あってパリに滞在していた伯爵は皇帝の処刑の報を聞くや故国ロシアに帰国したのちに裁判を受ける身になったのです。

 この本は1922年から1954年までの約30年間、メトロポールホテルで軟禁状態に置かれることを条件に銃殺刑を免れ、ホテルの中で時を過ごした男の話です。伯爵にあてがわれた部屋は物置同然、部屋に入りきらない一族伝来の家具調度品は”人民のもの”になってしまいます。革命で世界が一変してしまったのです。

 このような中、伯爵は子供の頃に父親の友人であり、父亡き後に伯爵の保護者的な存在だったデミドフ大公から聴かされた、「自分の境遇の主人とならなければ、その人間は一生境遇の奴隷となる」という言葉を思い出します。

 伯爵が軟禁生活を送っていた数十年の間、メトロポールの外では、ボリシェヴィキの権力闘争、第二次世界大戦(現ロシアでは大祖国戦争という)、スターリンの死と激動の時代が続きますが、伯爵は優雅さを保ちながら、毎日スクワットをしたり、果物付きの朝食を摂ったり、週に一度の散髪に出かけたりします。そしてレストランの給仕係の仕事をし、スタッフやホテルに泊まりに来るお客さんとの交流を続けるのです。そんな日々を送っていたある日、彼に大切な家族ができるのですが・・・



 一生をホテル内で生活するというある種の終身刑を宣告されたような状況で(ホテルの外に出たら銃殺刑)、絶望的な物語なのかという読書前のイメージは序盤から覆され、貴族の家に育った伯爵が気品や身だしなみを見失うことなく、自分の宿命を受け入れ生活に順応する姿は読んでいて薄暗さが全くなく、閉塞感が漂う年になった2020年にぴったりの話で、これを読むともう少し楽観主義に考えることが大切なのではという感じがしてきました。しかし、ロストフ伯爵は物語の最終盤で意外な行動をするのです。外の世界とメトロポールの中で状況が移りゆく中で、その時を待っていた若しくはその状況になったのかと思うと、その後の行動はずっと伯爵が「境遇の主人」でい続けたからなのでしょう。作中に登場する映画『カサブランカ』を観た後で再読すれば、また違った発見をするかもしれません。

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