韓国は1987年に民主化を果たしました(政権の移譲は翌年)。そもそも朝鮮半島は1945年に日本の植民地支配から解放され、1948年に南半分で大韓民国が成立します。その後は軍事政権が韓国の運営を担っていくのですが、これから紹介する映画の前2作は軍政末期の出来事を、最後の1作は90年代の南北関係を題材にした映画です。韓国が80年代になって民主化を果たしたというと少し意外な気がしますが、当時の韓国社会の雰囲気を知ることができる良作だと思います。
1.『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年:日本公開2018年)
まずは『タクシー運転手 約束は海を越えて』。1980年5月に起こった光州事件を題材にした映画です。光州事件とは、前年の朴正煕大統領暗殺事件後から巻き起こっていた「ソウルの春」と呼ばれる民主化運動の延長線上の事件で、学生や在野の活動家を中心とした市民の一部が武装し、光州市にある全羅南道の庁舎を占拠する事態になったき、当時の全斗煥政権が武力を用いて市民(軍)を鎮圧した出来事でした。
主人公のタクシー運転手キム・マンソプは報酬の高さに魅了されて、西ドイツのジャーナリスト、ピーターを乗せてソウルから光州へ向けて車を走らせます。しかし光州市には戒厳令が敷かれ、市内へと至るあらゆる道が軍によって通行止めになっていました。高額の報酬を得るために何としてでもピーターを光州市内に届けなければならないマンソプは、兵士に対して口八丁でやり込め何とか光州市内に入ることに成功します。しかし一行はそこでおぞましい光景を目にします。ピーターは目的を達成しようと必死にカメラを撮りますが、政府の手の者に見つかってしまい厳しい追跡を受けることに・・・
映画冒頭で主演のソン・ガンホが、明るい音楽を聴きながらタクシーを運転しているシーンからは想像できない展開になっていきます。
2.『1987、ある闘いの真実』(2017年:日本公開2018年)
続いては『1987、ある闘いの真実』。舞台は光州事件から7年後のソウル。反共・反北の最前線であった当時の韓国では、北朝鮮のシンパの洗い出しに躍起になっていました。そのような最中、一人のソウル大学生が警察に逮捕され、人権無視の執拗な拷問に晒されてしまいます。不幸にもその大学生は拷問の末に亡くなるのですが、この大学生の遺体の処置を巡って、早く証拠を隠滅(火葬)したい警察と、所定の手続きを踏まえなければ一切認められないと主張する検事との間で、一悶着が起こります。この一件は新聞社の知るところとなり、事件が白日の元に晒されます。やがて民主活動家や学生を中心に軍事政権打倒の機運が高まり、大規模なデモへと発展していきます。
3.『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』 ( 2018年:日本公開2019年)
最後は『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』。1992年、北朝鮮の核開発の情報を手に入れるため、国家安全企画部の命令を受けた韓国工作員のパクはビジネスを装って、北朝鮮の対外交渉を担当するリ所長に北京で接触をするのですが、やがて平壌へ赴き、当時の総書記だった金正日に直接プレゼンしに行くという展開に。しかし、安全企画部は北朝鮮と別の交渉を密かに進めており、韓国大統領選挙への影響を及ぼうそうと画策する中、その事実を知った工作員パクは・・・
この映画は上述の2作とは違い、韓国の民主化の話とは直接の関係はないですが、大統領選挙の結果を恣意的に変えようする勢力が暗躍しているあたり、まだ軍事政権時代の悪しき慣習が描かれているのが印象的でした。あと、平壌での場面は現地でロケしたのかと思うくらいリアルでした。
娯楽作として観るか、政治思想面から観るか…
今回取り上げた作品は、どれも実際に起こったことを題材として作成された映画なので、ストーリーもよくまとまっています。例えば『タクシー運転手〜』の主人公は一介のタクシードライバーですが、確かに西ドイツ人ジャーナリストはタクシーに乗り光州へ潜入して、そこで現実に起きていたことを世界に暴露しましたし、『1987〜』に登場する学生運動家のモデルは実在の人物です。当時抑圧されていた民衆がいて、自分たちの民意を政治に反映しようと目指していた人たちの物語として素直に感動できる作品だと思いました。
一方で、北朝鮮への警戒感をあらわにして、利敵行為と見做されれば、たとえ同胞でも容赦しない当時の韓国軍事政権(保守勢力)の非情さと、それに抗う市民(革新勢力)という構図で観てしまうと、当然前者は悪であるし、後者は善ということになってしまいます。本来過去の歴史を振り返るとき、善と悪の2元論で論じてしまうのは適切ではないのではないかと思うのです。軍事政権はその功罪はあるとしても、アメリカとの同盟を軸にアジアの反共勢力の一角を担ったし、韓国内の経済を発展させた部分は評価されて然るべきですが、映画では完全に悪です(確かに映画のようなひどいことをやったのも事実ですが)。現在もその評価は議論の余地があると思いますが、少し穿った見方をすれば、2020年現在の文在寅政権の思想に沿った映画作品と受け取ることもできるのではないでしょうか。
兎に角、今まで韓国国内でタブー視されてきたこれらの出来事を一つ一つの映画作品として完成させ、韓国内で1000万人前後の動員を記録する大ヒット作になったのには、韓国社会の自信みたいなものを感じました。
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